Little AngelPretty devil 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

   “秋の気配”
 

 今年はことさら短かった夏が過ぎゆく。日なかはまだまだ蒸し暑さが居残る陽気だが、それでも朝晩の涼しさが、秋の訪のいを教えてくれる。草陰からは虫の声がし、

 「洛外の田圃、そろそろ色づき始めてましたよ?」

 緑の中にほんのりと黄色。まるで芽吹きと錯覚するようなその色合いは、春先の野辺のような配色でもあって。それでも、空の青の澄みようや、木陰をそよいでく風の感触は、春の柔らかさではなく、秋の冴えをこそ帯びているから。これからやって来る嬉しい結実の季節を早々と感じさせ。お使い先からの帰り道、そんな初秋の風景を目にした書生くん、路傍に咲いていたというオミナエシを、どうぞとお留守番の仔ギツネ坊やへ差し出した。愛らしい小花もまた、秋の野に咲くそれであり、

 「きゃうvv」

 午睡から覚めたばかりらしい幼い坊や。眠そうにしていたお眸々をぱちくりと瞬かせると、今日はまだ出てはないお外の陽だまりをそこに感じたか、小さなお指で嬉しそうに摘まみ持ったお花を よいよいよいと振って見せる。真ん丸な頭に添うよう、きゅうと結い上げられた細い質の髪は甘い茶で。子馬の尾のようにふりふり揺れる束ね髪のすぐ真下、お尻から飛び出しての背中を覆うのが、黄金色の立派な本物のお尻尾だったりする彼は。単なる邪妖の仔ギツネじゃあない、神様のお使いもするという“天狐”の総領の和子なので、季節の移ろいにも感じ入るものは深いのかも。

 「刈り入れは、ここいらでは来月に入ってからですかね。」
 「かーいえ?」

 熊手のような枝分かれをした先に黄色の小花のついた野花、ふりふりと愛でていた坊やが、回り切らない舌でそれでも真似っこして訊き返すのへ、

 「田圃の稲がね、お米を実らせて金色になるのを待ってから、
  お百姓さんたちが頑張って刈り取るの。
  そうやって収穫したお米がご飯になるんだ。」
 「ご飯vv」

 どちらかといや肉食寄りなはずの仔ギツネ坊やだが、こちらのお宅で饅頭だのそぼろかけご飯だの、美味しいものばかりを食べて来たせいか、このごろでは立派に雑食化してもおり、

 「ほかほか、つやつや、おいしいねぇvv」

 うふふぅと微笑ったお顔がいかにも嬉しそうだったので。外から帰られた瀬那くんへの暑さよけ、皆様へもと冷やした麦湯を運んで来た賄いのお母様、

 “あらあら、それじゃあ今宵はご飯が映える献立にしましょうかね。”

 鷄をほろほろとなるまで柔らかく煮たのと、箸でもとろける大根の薄味煮へ山菜の甘辛煮を付けて。そろそろ秋の旬に入るヤマメの塩焼きを添えて…と、夕餉の算段を始めておいで。そんなおばさま謹製の、煎麦を煮出した香ばしい麦湯をいただきながら、まだまだ青々とした空の下、時折涼しい風の遊ぶのを、広間の濡れ縁にて感じ取ってるお歴々だったりし。雨の多かった夏でしたが、今年はいいお米が取れるのでしょうか。さてな、そういうことは“天の采配”ってやつだろうから。そういや、くうちゃんは天宮から降りて来ない日が多かったね。

 「うや? んとね、くちゅばが、雨あめこんこの日に降りゆは あむないって。」

 どうやら“危ない”と言いたいらしく。そうだね、雷とかごろごろする中だったりすると怖いものねぇと、セナは素直に鵜呑みにしたらしかったが、

 “雨の日は天宮も忙しいのかも知れぬな。”

 向こうの事情あってのことには違いないながら、人の和子には知らせちゃならぬ事情なのかも知れず。そこまで勘ぐることをしない書生くんの他愛のない無邪気さもまた、お師匠様にはくすぐったい代物であったらしい。本来ならばツッコミを入れた方が、もとえ、修正してやった方がいいことやもしれないが、まだまだ単独での実務にも出ぬ身の幼きお弟子さん。そういう深読みはまだ当分は要らぬだろうよと割り切って、

 「薩摩や越後では、もう収穫に取り掛かっておるそうだぞ?」
 「…………え? あれ?」

 収穫から上納される貢ぎ物への先触れ、今年の出来をと知らせて来たらしい文、文机に広げていた蛭魔の言いようへ、だが、

 「薩摩と…越後、ですか?」
 「はや? どしたの、せ〜な。」

 地名を訊いて、あれれぇと小首を傾げた書生くん。そして、彼のそんな態度へ“どした?”と同じように小首を傾げる幼子なの、愛らしいよのとお膝に見下ろす蛭魔もまた、

 「何か不思議か?」
 「だって、あのあの。」

 南国の薩摩と、雪深い北国の越後と。どうして同じように、ここより早い目の収穫なのだろかと、矛盾を感じたセナだったようであり。

 「さほどに不思議はなかろうさ。」

 南方の薩摩では、日当たりもいいので早よう育って収穫も早い。
「では…北方でも同じ時期なのは?」
 日照も少ないだろうし、何より水の温
(ぬる)むのからして遅かったはずの土地。そこがどうして、ここいらという畿内より早くに収穫を迎えるのかが不思議でならないようだったが、

 「秋の紅葉、どこから始まる?」
 「それは、東北の方から………あ。」

 作物の結実とは理屈が微妙に違うのだろうけれど、それもまた“秋の訪のい”というものであり。
「緑のまんま どこまでも奔放に伸びてていい時期ではないと、
 そろそろ実に栄養をためねばならぬぞよという何かしら、
 気温だか風向きだかで嗅ぎ取って切り替えるのだろうさ。」
 秋に桜が咲く話を聞かねぇか? そもそもからしてそういう種類だってのもあるそうだが、今までそんな桜じゃなかったはずの樹が、なのに“今年に限っては秋に早々と満開になっちまった”なんていう話も割とあってな。蛭魔はそうと語ってやって、

 「たいがいは、色づきも半ば、まだ緑っぱが青々としているうちに、
  思わぬ大風が吹いて、
  とっとと葉っぱが散らされてしまった後なんかに 起きてるんだよな。」
 「それって…。」

 葉から光合成で栄養を吸収するのが夏の間ならば、それが落ちてしまい、土から栄養を得るのが秋から冬の間。早くもそんな季節になったかと樹が勘違いをし、前倒しで花の蕾を育ててしまった結果、秋なのに桜が狂い咲き…となってしまうのだそうで。

 「ここいらよりも早くに秋が来る北方だ。
  それを感じ取って稲穂に実がつくって仕組みになってるらしいから、
  刈り入れもここより早いって理屈になんだろさ。」

 「えっと?」

 それじゃあ南方での早い収穫は? 実はまだ早いのに、もう穂が垂れるわけですか? やっぱり理屈が追いつかないらしい書生殿へ、

 「そういう暖かい土地じゃあな、二期作っていうのをするっていうぜ。」

 六月くらいに最初の刈り入れをして、すぐさま次の苗を植える。同じ田圃から年に2回も収穫をするってさと、新しい知識を覗かせて差し上げれば、


  「…っ☆ それって凄いですねぇ。」
  「しゅご〜いvv」


 セナくんはともかく、くうちゃんの方はどこまで本当に判っているのやら。それでも…身を乗り出し、潤んだお眸々をくりくりさせて興奮気味なお声を出すのがかわいくて、主従もついつい“そうだねぇ”と ほのぼの笑い返してやってしまう。愛らしい和子、そういえば……、





        ◇◇◇



 「くうがここへと来たのも、
  あの子の尻尾のように、
  稲穂が見事な黄金色だった時期じゃあなかったかと。」

 セナがそんなことを思い出しての、と。濡れ縁間近い茂みの陰からの、まだちょっと幼い虫の声を聞きつつ、くすりと微笑って見せる術師の青年のお言葉へ。

 「そうだったかな。」
 「忘れたような言いようをしてんじゃねぇよ。」

 今度こそはすかさずのように突っ込んで、自分がその背を預けている背もたれ、そりゃあがっつりと頼もしい黒の侍従殿の、広くて堅い、されど衣紋越しな分だけ柔らかでもあって心地のいい背中を、肩越しに見上げやる蛭魔であり。おいこらという意から ぐいと押したが、そのくらいでは微塵も揺るがぬ。むしろ、わざとらしくも ゆさりと…少々間をおいてから体を傾けたのが、彼にはなかなかに気の利いた稚気であり。それへとこちらもわざとに乗り上げながら、くつくつ楽しそうに喉を鳴らして微笑った術師殿、

 「今じゃあ素性もはっきりして、
  こんな場末よりもっとずっと素晴らしいだろう、天宮の住人と判ったのにの。」

 それだのに、こんなところに居たがって。夏は暑い暑いと、冬場は寒い寒いとぶうたれつつも、こっちの方が楽しいと従者を手古摺らせているのが愉快でならぬ。理
(ことわ)り通りにならぬことが結構あるのが“現実”ではあるが、人の世にはびこる醜い“そういうもの”じゃあなく、計算高くなってしまった人間がとうに忘れたような、何とも屈託のない“そういうもの”をあんな小さな和子から教え直してもらおうとはなと。それを思うと、擽ったくてしようがない彼ならしく。

 “それを“愉快vv”と思うのもまた、
  あの子から幸いを分けてもらっているようなものなのだがの。”

 そんな小理屈、したり顔で言ったりしたら、たちまち全部を訂正しちまうだろう“天の邪鬼”な彼だからと。そこまで判っている葉柱としては、つまらぬ揚げ足取りなぞ致しません。それよりもと、猫の仔のようにすりすりと甘えかかる御主の態度、眠いからかそれとも……と、読み間違えないよう模索の最中。深藍の穹に浮かんだ望月が、今宵は真珠色をして見えるので、もしやして…と賭けてみてのこと。倒したまんまだった背を起こし、そこからすべり落ちかけた身を掬い取るよに腕へと抱きとめ、


   …………なあ。
   ん……。


 手短な、されど深みあるお声にてのお誘いへ。今宵は素直に乗ってくださった痩躯、そおと抱き上げた大妖の総帥殿。月蛾様からの恩恵へも、お礼は後でと背を向けて、そそくさと広間の奥向きへ引っ込むところが まま可愛らし…と。しっとり若い秋の宵、彼らに代わって虫の声聞く、丸ぁるいお月様であったそうな。







  〜Fine〜  09.9.05.


  *この時代の越後が今ほどの米処だったかは謎です。(こら)
   つか、文中でも蛭魔さんが言ってるように、
   南方の作物だった米、
   雪深くて春や夏の短い土地で育てるのは、
   途轍もない工夫とか研究が要ったはずで。
   だから、今のあの美味しいお米があるんでしょうよね。

  *こちらのお部屋は、
   ちょこっと間が空いた更新となりまして…すいませんです。
   いきなり開設してしまった携帯サイトへの、
   原稿の移植が妙に面白いもんだから、
   ついついハマっておりまして。
(こら)
   気をつけます、反省してます。(苦笑)

めーるふぉーむvv op.jpg

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